坊っちゃん賞を受賞して

卒業式出席のため福島県いわき市に向けて乗車した、上野14時発のスーパーひたちが、石岡駅通過後急停車しました。車内放送で強い地震があったと知らされ、16時頃石岡駅からの連絡で石岡高校体育館まで徒歩で避難。翌日早朝6時に高校を出て、バスやタクシーを乗り継ぎ、16時過ぎにやっと自宅に着きました。これは、毎年卒業式の頃になると思い出す6年前の3月11日のことです。

思えば20年前、芝浦工大中高と那須高原海城中高を退職後、高校中退者やいじめなどで高校進学を諦めた生徒たちの学習できる学校をと考えているときのことでした。東京にあった孔子の教えを建学の精神とする昌平高校(明治35年開校、昭和46年休校)をいわき市に再興するため協力を依頼されました。私は65歳を過ぎておりましたが「教育に定年なし、情熱がなくなった時が定年」という言葉をもらい、理事とし昌平校再興のため活動を始めました。特に生徒減少期で高校新設は困難なものではありましたが、芝浦工大での財務理事・那須高原海城中高新設等の経験を生かし、平成10年11月設置認可されました。認可後は校長として、12年4月開校に向け校舎建設の準備に追われました。また教職員と共に建学の精神「修為要領十七条」の解説書作成に取り組みました。更に19年4月には、私の夢であったフリースクールを通信制課程として設置し、現在も数百名の生徒が学んでいます。

私は3つの私立中高に勤務しましたが、最後の昌平中高での10年間は自分の理想通りの運営ができました。昼食時間に校長室で生徒と食事をしながら話を聞いたり、パズルを楽しんだりしました。また学習合宿や屋外でのバーベキュー等で多くの生徒と話す機会を得ました。通信制のスクリーニングの授業も担当し、実習授業も生徒と一緒に参加し、教師としての喜びを満喫できました。これらは私を信頼し中高の運営をすべて任せてくださった、今は亡き学校法人昌平黌理事長田久孝翁先生のお力と感謝しております。自分ではただ好きな仕事をしてきたつもりでしたが、授賞式で坊っちゃん賞を手にしたとき感激いたしました。今まで私を導き支えて下さった方々と、この度私を推薦して下さった教育界の先生方に感謝申し上げます。

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