物理学と絵画

理窓会倶楽部のご自身の作品の前で

小学生の時は先生について風景画を多く描きましたが、中学以来、定年まで絵画作品作りのために絵筆を取ることは殆どありませんでした。その意味で私の画業はまだ始まったばかりです。絵画は、私にとって、物理学の研究と同様に創作活動の一つです。初めは絵を描くことによって専門の物理学の研究の息抜きになるかと思っていましたが、全く期待外れで、作画で体力的に休まることがありません。私にとって、作画作業は物理の論文作成と全く同じです。こんなわけで、2足の草鞋(わらじ)を履く者にとって多くの作品を残すことは出来ないので、自分がどうしても描きたいテーマを精選することになります。物理学の論文はオリジナリティーが問われますが、その意味で私の絵画にも同様の気持ちを課しています。定年後に風景画ではなく、人物画を選んだのは、人物の表情の豊かさの他に、歴史、文化、宗教など裏面にも多様性があると思ったからです。心の琴線に触れるテーマを選ぶことが出来れば作業を続ける気持ちが持続できます。油彩に関しては先生がご高齢で亡くなられて以来、私の作画技法は手探りで、まるで新しい物理学に向かう時の測定実験の機器作りと何ら変わりありません。それでも人物のデッサンは先生に付いて20年近くやってきましたので、これが私にとって唯一の基本です。私の人物デッサンも、一般の画学生が学ぶものとは異なるかもしれませんが、時間をかけて表情を描き込む事を意識しています。作品を観て下さる方がそこから希望や勇気を得られて、なにより安らぎを感じて下されば目標達成です。

本誌編集部から物理の話も書くように言われましたので、少しだけ触れます。本来の創作活動である理論物理学では、50年以上も誰も解けなかった「クーロンの長距離問題」をドイツに留学していた30歳代からライフワークと決めていましたが、定年間際にやっと解けました。これで画業に専念できると安堵したのもつかの間、今度は福島の原発事故と放射性汚染水問題の発生です。

そこで専門の3体問題の研究の延長として、核力の長距離力の発生を発表し、これを基に放射性廃棄物処理の理論作りに目下専念しています。いまは2足の草鞋を履いて、互いの相乗効果を体感しながら創作活動を楽しんでいます。


尾立先生のこと
中西 繁(工・建1969, 画家)

尾立先生とは奇遇な出会いでした。かねてから知人の女流画家から理科大学の先生でデッサン会に来ておられる方が居るということを聴いてすぐに、「《坊っちゃん賞》の候補に推薦したい」とお電話頂いたのでした。理科大博士会の会長をされているとかで、その翌年の正月明けには授賞式があったのです。その頃、葛飾新キャンパスの壁画を依頼されて制作中でした。僕にとっては2つの幸運が別々に同時に来た感じでした。その後の尾立先生との交流は公募展会場、僕の絵画研究会、理科大学内の行事などで何度となくお会いし、昨年は、私が主宰している「伊豆の国アートビレッジ」で「やさしい物理学」の講演をお願いしました。先生は高知県のご出身で、僕は江戸っ子三代目なのですが、なぜか高知県観光特使をこの7年ぐらい仰せつかっておりまして、関東高知県人会でばったりお会いしたり、ともかくとても親密にさせていただいております。過日、銀座の第1回個展では初日のパーティーにお邪魔して挨拶もさせて頂きました。絵は緻密な描写力、日本情緒を得意とされています。物理学の論文を英語でバンバン書く学者とは別な顔とテイストをお持ちと拝察しております。

葛飾キャンパスの壁画

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