科学を伝える志、物理を学び科学論を専門に

東京大学で科学技術社会論の研究・教育、そして本部広報戦略企画を担当しています。

所属はKavli IPMU(東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構)、学生を受け入れるために東京大学学際情報学府文化・人間情報学コースを兼担しています。科学の社会的構造や、科学者の信頼、科学技術政策、科学とメディアの関係などに関心があります。

理科大理工学部物理学科に1995年に入学をしました。以後、大学院博士課程までお世話になりました。物理学を志したのは、カトリックの学校に育ち、神様と世界創造について、中学に入ってから不思議に感じるようになったころ、科学雑誌『Newton』を読んだことがきっかけです。世界は物理学で記述できることを知って衝撃を受けました。中2の1年で70冊近くの一般書を読んで、部分的にノートにまとめていくうちに面白くなり、「科学を伝える人」になりたいと思いました。

そのためにも大学では物理学を学ぼうと思いました。理科大の物理は伝統があり、しっかりした教育だと選びました。思い出深いのは御子柴先生の言葉。「君たちはカミソリではないかもしれない。しかしノコギリとして活躍できる。」信念を持ってゴリゴリと努力をし続けることの重要さを端的に表した言葉で時折、思い出します。講義では小口先生の解析力学が特に好きでした。ノートを持たず、黒板にひたすらカツカツと式を書き続ける。後で見直しても明解な解法で、自然の美しさを感じる講義でした。

当時の物理学科には、東京大学理学部で助教授、高エネルギー研究所で教授を務められた中井浩二先生が着任をされていました。原子核物理を専門にする中井先生は、にこにことお優しい笑顔でいつも謙虚でありながら、いざという物理の議論では眼光鋭く、本質的な議論を繰り広げられます。多くの優秀な物理学者の門下生がいらっしゃいます。

私は中井先生から物理そのものから、社会と科学の広い視野と議論まで、現在に至るまで23年以上もご指導をいただいています。生涯にわたって尊敬できる指導教官を理科大で得たことは人生において何よりも得難いことです。

中井研に所属し、私は高エネ研の加速器で作ったニュートリノをスーパーカミオカンデに打ち込む実験に参加することにしました。修士修了時には就職活動もして出版社に勤めようか迷いましたが、中井先生から物理をしっかりやってから伝え手になるとよいのでは、というアドバイスをいただき博士課程に進学しました。世界10か国、150人を越えるメンバーで構成される実験グループは、自分のデータを守るために強い主張と、同時に協力が必要とされ、この期間に多くの国際性豊かなメンバーと共にする研究を通じてずいぶん鍛えられたと思います。

修士2年のときから憧れの執筆活動も開始し、科学ジャーナリズムの勉強会にも参加するようになりました。転機はポスドクになったばかりに訪れた2005年の「科学コミュニケーション元年」。政府が科学技術人材の養成のために、この分野に注目をしました。新しい分野の人材として東京大学から声がかかり、2007年に理学系に准教授として着任しました。その後、学術広報の指導をしながら、科学の現場にいた経験を生かし、科学と社会の間に具体的な方策や政策、つまり「処方箋」を出せるような研究を志しています。現在はKavli IPMUに移り、「数物系女子はなぜ少ないのか」学際融合研究をしています。チャンスを得たのは、人と少し違う興味を持った私を多くの方が支えて下さったからと思っています。

現在も理科大との縁は続いています。この数年は、神楽坂で科学教育専攻の「科学文化概論」を一コマ担当させていただいています。興治文子先生は中学2年生のときに、一緒に物理で盛り上がった仲間。いろいろなご縁をありがたく感謝しながら、これからもよりよい社会のため、貢献する研究教育・実践指導ができるようにと思っています。

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